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ケーススタディー: そごう・西武様


そごう・西武
営業企画部 広告・宣伝担当
後 貴芳美氏

五感ブランディング㊦正月広告編――そごう・西武

炎鵬関起用、下から読むと意味逆転
コーポレートメッセージに広がる共感

顧客データを活用しピンポイントに効率よく配信されるネット広告。広告費では既に新聞広告を抜き去ったネット広告だが、測りにくい顧客の気持ちに寄り添っているのは、むしろアナログな新聞広告の方かもしれない。今年の正月広告で話題をさらった、そごう・西武の企業広告。人気力士の炎鵬関を起用した「さ、ひっくり返そう。」は一見、通常のメッセージ広告で、しかもネガティブな印象を与えるが、下から読み返せばポジティブストーリーに“逆転”。脳を刺激するような、そごう・西武のクリエーティブは、作り手が想定していない場所でも多くの人の感覚を揺さぶっている。「五感ブランディング」最終回は、ビジュアル訴求の可能性と企業広告の本質に迫りたい。
元日の新聞広告に「さ、ひっくり返そう。」というキャッチコピーが踊りました。新年早々、多くの人が勇気づけられた広告でした。

お問い合わせはメールだけでも150件くらいになるでしょうか。実は意外な方面からの反響の大きさに驚いているのです。

中でも学校関係から多くのお問い合わせをいただいています。そごう・西武の店舗のない地域の先生からは「受験に立ち向かっている生徒に、逆転のメッセージを伝えたいのでポスターをいただけないか」という声が寄せられました。

ポスターは基本、店舗での掲示用なので一般への配布は行っていませんが、今回のポスターは「頑張っている人を励ます」という趣旨でもあるので、学校関係者に限り、ポスターをお渡しするという異例の対応を取りました。

「さ、ひっくり返そう。」(以下、「ひっくり返そう」)は、企業メッセージ「わたしは私。」の2020年版として発信されました。今年で4年目になる「わたしは私。」はもともと、「年齢にとらわれない装いを」というプロモーションがきっかけだそうですね。
西武渋谷店に掲出された「さ、ひっくり返そう。」

ニューヨークで見かけたおしゃれな60歳以上の女性ばかりをスナップした写真展をそごう・西武が開催したところ、同世代の方はもちろん、若い方にも支持されたのが、そもそもの発端です。

「さまざまな制約にとらわれずに、あなたらしくいてください」ということを企業メッセージにしていけば、百貨店に“足りていない”次世代のお客様が反応してくれるのではないかと考え16年に展開したファッション提案が、50~60代の女性を対象にした年齢にとらわれず自由に装うという「アドバンストモード」です。

その広告のモデルをお願いしたのが樹木希林さんでした。樹木さん自身「アドバンストモード」を体現されているかのような存在で、若い世代にも大変好評でした。そこで、引き続き樹木さんを起用し2017年に「わたしは、私。」という企業メッセージを発信しました。

「わたしは私。」は、樹木さんに続き18年が木村拓哉さん、19年は安藤サクラさんが起用されました。19年は賛否両論の議論を巻き起こし、厳しい意見も寄せられたと聞きます。

18年の木村さんは、何ごとにもとらわれず、意志を貫いて活動されている姿勢がメッセージに重なりました。

19年が安藤さんで、「女の時代、なんていらない?」と問い掛け、女性を取り巻く抑圧とそれに立ち向かう人へのメッセージを込めました。ジェンダー論に踏み込み、さらに顔にパイを投げつけられるという強烈なビジュアルのために賛否両論の議論を引き起こしました。これは、まずはパイで顔が分からない広告を出して、後日、それは安藤さんでしたと正体を明かすというクリエーティブのギミックがある一連の広告でした。図らずもパイ投げだけがクローズアップされてしまいました。

女性を応援しているというメッセージに自信を持っていましたし、「良い」というご意見も多く寄せられました。徐々に広告の意図や私たちの姿勢に対し共感が広がり、第68回の日経広告賞(流通・サービス部門最優秀賞)を受賞するまでになりました。

「ひっくり返そう」のテーマやモデルの選定など、今年の正月広告づくりについて教えてください。
広告は朝日、日経をはじめ地方紙の元日紙面を飾った

今年のモデルである炎鵬関は小兵であることをポジティブにとらえて、大活躍されています。その姿はまさに「わたしは私。」でした。

今年のメッセージは、この「私らしく」に加え、もう一つの面がありました。

昨年は、そごう・西武の5店舗を20年以降に閉鎖することなどを発表するなど、そごう・西武にとって厳しい年でした。これを受け、働く従業員に向けても「ひるまず頑張っていこう」というメッセージを発信しました。

同時に、顧客インサイトへ働き掛けるものでもありました。さまざまな逆境に立ち向かう人の背中を押したいという思いも込めたのです。

最も注目を集めたのが、「逆読み」という手法でした。

メッセージが1つでなく多面的で、どうしたら理解してもらえるのか、社内外のスタッフと侃々諤々の議論になりました。「クリエーティブで何か引っかかりを与えられたらいいのではないか」と出てきたアイデアが「逆読み」だったのです。

コピーが先に決まりましたが、それを誰に体現してもらうかが、なかなか確定しませんでした。そんなとき、角界で活躍されている炎鵬関を見つけたのです。炎鵬関の自分より大きな力士をひっくり返す姿は誰が見ても分かりやすく、今回のテーマにぴったりでした。


メディア露出も多かったですね。

「暗号広告」としてテレビの情報番組で紹介されたこともありましたね。また、スポーツ紙では初場所の話題の中で広告についても触れていただきました。炎鵬関の懸賞の申し込み本数が当社を含む62本になったという記事や、炎鵬関が場所中の取り組みで、実際に大きな力士を下手投げで裏返した際には、「キャッチコピーを体現した」とポスター画像も大きく扱っていただきました。

また、こちらから仕掛けたわけではありませんが、SNSでは有名人の方が取りあげてくださったり、広告のパロディーも続出したりして大反響を呼びました。

一方で、広告業界から「企業の視点を表明するだけでは売り上げに結びつかない」「あの広告でモノ物が売れるか」といった声も上がり、広告の本質にかかわる議論に発展していったことも印象的でした。

「直接的な販売促進効果がない広告はムダ」という声に対し、どうお考えになりますか?

ウェブ広告の世界で、「コンバージョン率」という用語がよく使われます。コンバージョン率(CVR:Conversion Rate)は、サイトにアクセスしたユーザーのどれくらいが購入や申し込みなどの成果につながっているかの割合を表す指標です。ウェブの世界ではどれだけの人に買ってもらうかで広告の価値が決まるという側面がありますよね。

私たちは店頭といったアナログな場所で商売をしていることもあって、売り上げという指標以外に、お客様の反応というアナログな指標を併せ持っています。販促広告とCI広告は、分けて考える必要があると思っています。「百貨店ではモノを売るのは販促として行い、広告は広くメッセージを伝えていくものだ」ということです。したがって、アナログながらもパブリックな要素が強く、社会的信頼もある新聞広告を選び、広くメッセージを発信しました。

ネットにおけるターゲティング広告のようにピンポイントではありませんが、これからお客様になっていただけるような層にメッセージが届けばいいなと考えました。

SNSにおいて、新聞広告以上に共有されたのが動画でした。
「炎鵬の逆転劇 スペシャルムービー篇」の一場面 動画はこちら

「わたしは私。」シリーズでは毎回動画を付けていますが、「ひっくり返そう」の動画の再生回数は110万回を超えました(2月末現在)。シリーズの動画の中で最も多い再生回数です。

動画では、逆転劇を印象づけるために、押し込まれた炎鵬関の逆襲を逆再生の映像と音楽で表現しました。

そごう・西武さんの企業ブランディングで、新聞の正月広告はどのような位置づけなのでしょうか?

2016年以来、毎年新聞に「わたしは私。」の正月広告を打ってきました。一度に多くの目に触れる正月広告は、企業の姿勢を示す貴重な場であると考えているからです。今後、デジタル、アナログを含めどんな手法が最も私たちのメッセージを伝えることができるのか考えていく必要がありますが、紙面の大きなスペースでメッセージを発信できる点は新聞広告の一番の魅力だと思います。

正月広告は通常、夏ごろから取り掛かるのですが、10月10日の構造改革発表を経て、制作がスタートしました。ちょうどその時期、炎鵬関は秋場所、秋巡業と大忙しなので、11月上旬に撮影して一気に作り上げた感じですね。

最後に、「ひっくり返そう」の今後の展開やコーポレートメッセージの訴求で手掛けていきたいことなどについて、お聞かせください。

18年に展開した「母の日プロモーション」もそうですが、売り上げに直接つながらなくても、そごう・西武が発信したメッセ―ジに皆様が感動していただけるような、いろんな企画を行っていきたいと考えています。今アナログ広告が見直されつつあります。ビジュアルでもクリエーティブでも工夫を凝らせば、まだまだ人の心を動かすことができるということを学びました。

社会やお客様に理解されるためには、サステナブル(持続可能)な企業でなければ生き残れない時代になりました。百貨店も同様です。資源循環につながるような企画や、お客様や世の中に寄り添った広告をつくっていきたいと考えています。お客様の潜在的なニーズ、顧客インサイトにも働き掛けながら、私たちも炎鵬関のように百貨店を取り巻く逆境をひっくり返していきたいですね。

<そごう・西武> 創業:天保元年(1830)年
「ファッションに人生に、もっと冒険してもいいと教えてくださったのが樹木希林さんでした」と後さん。樹木さんは「わたしは私。」の「年齢を脱ぐ。冒険を着る。」というメッセージを大変気に入り、「契約後も動画を残してほしい」と生前から要望していたという。「樹木さんがお亡くなりになった後も動画は視聴できるようにしています」。樹木さんの台詞は現在も多くの人の胸を打つ。
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