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ケーススタディー: アキュラホーム様


アキュラホーム
広報課 主任
西口彩乃氏

アキュラホーム広報が始めた新規事業が世界的な話題に

間伐材から「木のストロー」を製品化
岐路での迷いも「人とのつながり」で克服

それは、「先が見えないまま、ただ漠然とした思いに突き動かされるように」始まった。社業にも広報という仕事にも関係のない新規事業に挑み、G20の会合で採用されるまでになった間伐材で作った木のストロー。地球環境大賞(農林水産大臣賞)など多くの賞を受賞し、その開発ストーリーは一冊の本にもなった。主人公は、注文住宅を手掛けるアキュラホームで広報を担当する西口彩乃さん。本人いわく、記者との関係づくりに気を配る「普通の広報で、環境問題も、ものづくりもド素人」だった。何度も袋小路に入り込み苦悩するも「いろんな人とつながって乗り越えてきた」と西口さん。コロナ禍で社会に閉塞感が漂う今、広報・PRは、どんな一歩を踏み出していけばいいのだろうか――。
世界初の事例として注目を集めた木のストローですが、一本の電話から始まりました。それは、以前から親交のある環境ジャーナリストの竹田有里さんからの電話でした。

忘れもしない2018年8月のある日、電話がかかってきました。その日はプライベートで葉山にドライブに行っていました。私は常に会社携帯を持っているのですが、その携帯にかかってきました。お盆休み期間に、しかも記者の方からの電話なので「何だろう」とすぐ出たところ、いきなり「木のストローを作ってくれないかな」というお話でした。

木のストロー開発初期の試作品。前例のない木のストローづくりは難航した

竹田さんは、西日本豪雨の被災地を取材された際、「間伐など適切な森林管理が行われていないことも災害の要因になっているのではないか」との声を耳にされ、間伐材を有効活用する方法はないか考えたといいます。そうして「木のストローをアキュラホームで作れないだろうか」と私に話を持ち掛けたのだと聞きました。木のストローはここから始まりました。

営業をやっていたからかもしれませんが、「お客さんのために」ということをよく考えます。広報にとって記者は「お客さん」と言ってもいいかもしれません。「お世話になっている記者の方のためなら」という思いが強くありました。

電話をもらったその日に、知り合いの大工さんや業者さんにすぐに電話をかけました。ある業者さんはお盆で国内の工場が休みなのに、「何とかしよう」とわざわざインドネシアの工場で穴を開けてくださって、ありがたかったですね。私は「記者さんのために」、大工さんや業者さんは「私のために」と、思いがつながっていくような感じがしました。

「お世話になっている記者のために」とある意味パーソナルなところからスタートしたプロジェクトですが、それが大きな流れになっていきます。事業領域外の開発プロジェクトで高い壁もあったようですね。どう乗り越えていったのですか?

初めは木のストローを少なくても1本、できれば10本ほど作れたらいいなと安易に考えていました。まさか、これほどまでに大きな話になっていくとは思いもしませんでした。ふと我に返って、「とても難しいことを始めてしまって大丈夫かな」と不安になることも正直ありました。それでも「何とか形にしたい」という思いの方が強かったですね。

本業の広報活動がおろそかになっていると見られたら嫌で、そこはしっかりと取り組みながら、業務時間外に試作品づくりに奔走しました。「住宅会社がストローを作ってどうする」といった異論も社内に根強くありました。でも、木のストローが完成したら取材につながるかもしれない、それも広報活動の一環ではないですか、と上司や担当役員の説得に努めました。

竹田さんとの打ち合わせの中で、私のこれまでの認識が甘かったことに気づかされました。後から思えばこれがターニングポイントになりました。木のストローを作って終わりではなく、作った後どうするのかまで考えなければならないと思いました。

間伐材を活用し減災につなげたり、海洋プラスチックごみ問題に寄与していくためには、一回きりの10本という数では到底ダメで、もっと大きなビジネスモデルとして回していけないかと思い始めました。商品として導入してもらい、使ってもらう人がいるという持続可能なモデルがつくれればと思ったのです。

環境貢献にはこの「持続可能性」が大切で、木のストローを普及させるためには繰り返し使えるものではなく、使い捨てのほうが価格も安いので、たくさんの人に使ってもらえるのではないかと考えるようになりました。

そんな中、待望の導入先が見つかりました。また、難航していた試作品づくりも間伐材を薄くスライスしたものを斜めに巻くことで製品化のメドが立ちました。それは、カンナ削りで出る「削り華」を活用するということでアキュラホームにとって馴染みのあるものでした。

ある会合で出会ったのが、当時ザ・キャピトルホテル 東急の副総支配人だった山﨑宗紀さんです。ザ・キャピトルホテル 東急さんといえば建築家の隈研吾さんが設計され、木のあしらいが特長です。山﨑さんも「ホテルにぴったりだから、ストローが完成したら導入したい」とおっしゃってくれました。

「削り華」を使うというアイデアも身近にありました。社長の宮沢(俊哉氏)は元大工で「カンナ社長」と呼ばれ、テレビCMでカンナがけをする姿をご覧になった方もいると思います。これがヒントになり、使い捨ての木のストローに、「削り華」が使えるのではと思ったのです。

製品化のメドが立ったとはいうものの、ものづくりには終わりがなくて、何を持って完成とするのか迷いましたし、一流ホテルで使っていただくとなると求められる品質は当然高くなります。それを素人ながらに完成にまでこぎ着けたのは、多くの人がいろんなアドバイスをくれたからにほかなりません。

記者会見を開き大々的に発表することになりましたが、情報解禁前のスクープという思わぬ試練がありました。

会見前に、国交省の記者クラブに取材依頼状を投函しに行ったのですが、その時、ある記者の方に別室に連れて行かれました。発表前なので詳しいことはお話ししませんでしたが、後日、発表前に記事にしたいと連絡があったのです。取材依頼状にはきちんと「情報解禁日は記者発表の当日」と記していたにも関わらず……。結果的にある全国紙で一足先に報道されてしまいました。

心中複雑だったと思います。別の見方をすると木のストローは発表前から注目を集めていたということにもなりますが、発表当日の心境は?

当日の朝まで不安でした。社内でも果たしてニュースになるのかという声もあったくらいです。朝、会場に着いたら、テレビ局のカメラがずらりと並んでいて、その光景を見てはじめて広報として安堵感と手ごたえを感じました。記者発表は会場に人が入りきらず2回に分けて行いました。当日の来場者数はテレビ、新聞、ウェブメディアなど47媒体に上りました。テレビ局は首都圏のキー局全局、新聞も専門紙から一般紙まで幅広く、海外のメディアの姿もありました。

メディア露出が相次いだことで、2019年にはG20での採用、横浜市との連携による地産地消モデルへの取り組みと、「木のストロー」の活動は一気に世界へ、そして世の中に広がっていきました。

G20では、大阪でのサミットをはじめ日本各地で開催されたG20の各会場やメディアセンターでも木のストローが採用されました。今までできなかった経験ができ自分も成長することができましたが、木のストローを普及させるということを考えると、アキュラホームの力だけでは足りません。

製造ノウハウを提供し、社会全体で大量生産できる仕組みをつくりたい。そんな時に出会ったのが、横浜市でSDGsに取り組んでいらっしゃる高橋知宏課長(温暖化対策統括本部SDGs未来都市推進課課長)でした。高橋課長はすぐに興味を持ってくださり、そこから横浜産の木のストローの地産地消モデルにつながっていくのです。横浜市が保有する水源林の間伐材を原材料とし、市内の特例子会社などで障がい者の方々が製作した木のストローを横浜市内のホテルで提供するという循環モデルです。

最近では、子ども向けの授業の教材にこの木のストローが使われるようになりました。昨年10月に当社が行った静岡市内の小学校での環境授業に私もオンラインで参加し、開発ストーリーを披露するとともに、木のストローがプラごみ削減や森林再生など環境問題の解決にもつながるということをお話ししました。

サクセスストーリーの陰に、西口さんにとって辛い出来事もありました。「木のストロー」はこれまで製造を別会社が行っていましたが、自社で事業化することになり、この時の苦悩は大きかったようですね。

メディアの方々には記者会見の相談に乗ってくださったり、いろんな人をつないでいただいたりと、お世話になりましたが、ある記者にアキュラホームが木のストローを独占し、これまで協力してくださった方をないがしろにしていると電話で怒られてしまいました。何も言い返すことができませんでした。

みんながハッピーになると思ってやってきたのに、誰もまったくいい思いをしていないことに愕然としました。そして、本業の家づくりのほかに、この木のストローが加わって多忙を極めていたこともあり、これまで木のストローを助けてくれた方とのコミュニケーションが取れなくなってしまい、孤独感に押しつぶされそうでした。

それにしても、常に周りにいる方との関係づくりに心を砕いていらっしゃいますね。

仕事で関わる人からもよく言われます。普通の日常会話の中からつかめるものが多々あるのです。営業も同じなのですが、自社ならどんなふうに展開できるだろうか、と考えるきっかけになります。木のストローでできた財産は大きいですね。竹田さん、山﨑さん、高橋課長をはじめ、本当にたくさんの方に助けていただいたのだろうと実感しています。必死でやっていたときには気づきませんでしたが、特別な能力など何もない私がここまでやってこられたのは、多くの方に力を貸していただいたおかげです。

木のストローの開発ストーリーは本になりました。

コロナ禍で在宅勤務になった時に、いい機会だと思い、私用のスケジュールも含めすべて洗い出してみたんです。箇条書きで、その日起きたことなどを書き出してみると200項目くらいになりました。箇条書きにしたら、その中身も書きたくなりました。それが、扶桑社さんの担当者の方にまで話が行って……。木のストローをビジネスモデルとして構築した点に出版社さんも注目されたみたいです。

著書「木のストロー」について、宮沢社長がどんなご感想を持たれたのか気になります。

社長には出版前に刷り上がった見本の段階で初めて見せました。社長はその日のうちに3~4時間で読まれたみたいで、翌日私の席まで来てくれました。社長の目は腫れており、「号泣しながら読んだ」とのことでした。社長は、何度も倒産の危機を乗り越え一代でこの会社を築き上げたご自分の体験に重ねられたのかもしれません。「アキュラ精神がこの本に詰まっている」とおっしゃって、この言葉はとてもうれしかったですね。私はアキュラホームの広報でなければ、この木のストローは実現しなかったと強く感じています。

自社の取り組みを発信するだけではなく、西口さんのように新規事業に関わるなど、広報という仕事にはまだ大きな可能性が残されていますね。

自社の取り組みを発信するだけでは楽しくないじゃないですか。広報の力で、さまざまなニュースづくりができるということを実感したのが、この木のストローでした。社内外のいろんな情報に耳を傾けしっかりインプットしていきながら、同時に今の社会情勢や世の中の流れにアンテナを張っていると、きっと「こんなものがあったらいいな」というものが出てくると思うのです。社内を動かしてそれに取り組んでいけば、きっと大きなニュースになるはずです。

最近の話題だと、新型コロナになります。ある自動車メーカーが患者の搬送の際、ウイルス感染を防ぐ車両を開発したのだそうです。運転席側と患者が乗る後部座席の空気圧を変え、この圧力差によって運転手側への飛沫感染を抑制する構造となっていると聞きました。

ある時、「感染防止に向けて住宅メーカーの動きはどうなっているの」と質問されました。在宅ワークに適した家づくりを進める動きはよく聞かれましたが、「ウイルスを持ち込まない、持ち込ませない」家づくりが前提ではないかと思い、商品開発部門に相談しました。それが昨年7月に発売した『新世代木造&新生活様式 大空間の家』です。

「ウイルス除菌エリア」として、玄関の土間に手洗いやうがいのスペースを設けたほか、服についた粉じんなどをホースで吸い取る「バキュームシステム」も導入し、ウイルス対策を徹底しました。この商品は読売新聞の8月25日付朝刊一面トップで取りあげていただきました。これは今でもたくさん取材していただいています。こうした企業のイメージアップにつながるニュースづくりは広報から仕掛けていけるのではないかと思います。

最後に、今後取り組んでみたいことなどお聞かせください。

私はアキュラホームに入社して以来ずっと、自分から「これをしよう」と決めて、始めたことはありませんでした。ただ、目の前に来たチャンスを断らず、どうにか実現しようと一生懸命やることで、次につながったり、新しい世界が開けたりしました。

木のストローだけで環境が守ることができたり、障がいのある方の雇用問題が解決するとは全く思っていません。木のストローが社会問題に関心を持つきっかけになってくれたらそれでいいのです。本当に多くの助けがあり、プロジェクトがスタートして半年後にはG20に使われ、雇用のビジネスモデルができたり、昨年12月からは東北・北海道新幹線と北陸新幹線のグランクラスでも試行導入されたりと、現在でもどんどん広がりを見せています。

今後やりたいこととして、2つお話ししたいと思います。1つは1月に立ち上げたSDGs推進室での活動です。広報との兼任ですが、専門部署ができることで、できることも多くなるのではないかと期待しています。もう一つは女性の社会進出です。企業だけでなく社会全体を見渡すと、まだまだいろんなしがらみが残っています。性別や年齢関係なく、いろんな人とつながっていけば、さまざまな挑戦ができます。迷っている女性たちの背中を押すためにも、私のこの経験を伝えていきたいと思っています。

<アキュラホーム> 創業:1978年10月
「木のストローづくりで一番お世話になったのが、木のストローというアイデアを持ってきてくださった竹田さんと、多くの方を紹介してくれたA記者でした」と西口さん。「2人への恩返し」という思いを込めて、地球環境大賞に応募したのだという。人との縁を大事にする西口さんらしい動機だ。「お2人とも受賞をとても喜んでくれました。たくさんの方とつながり助けていただいて、思いもよらない大きなことができました。木のストローの裏側のストーリーを知っていただき、今何かに迷っている方の一歩を踏み出すきっかけになればと願っています」と話す。
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