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ケーススタディー: 東京富士大学・山川悟教授


東京富士大学・経営学部(マーケティング論)
教授 山川悟氏

五感ブランディング 特別編――東京富士大学・山川悟教授の紙上ゼミナール

「感じ方の創造」が生み出す新市場
 ~五感マーケティングからクロスモダリティへ~

新型コロナウイルスの影響が計り知れない。先行きは全く分からず、いつ、どのように収束するのか未知数だ。コロナ収束後の世界を見据え、いまは五感を研ぎ澄ませる時期かもしれない。五感を通じて築かれた顧客との絆は、深く、長く、強いはずだ。本コーナーでは1月度から3回にわたり、キャラクターやCMソング、正月広告を活用し企業ブランドを認知させ、記憶に長く深くとどまるような「五感ブランディング」の事例を紹介してきた。「五感商品は商いに生命力と色気を取り戻すきっかけとして登場してきた」と指摘するのは、東京富士大学の山川悟教授。さらに、山川教授は新時代のブランディングを読み解くカギは五感を総合的にデザインする「クロスモダリティ(感覚間相互作用)」にあるという。五感マーケティングからクロスモダリティへ。山川教授による紙上ゼミナール開講――。
視覚以外でもブランドは表現できる

新型コロナウイルスの影響で、大学はオンライン授業に切り替えられました。実はいま、映像や音声に加えて、テキスト解説などを入れた講義資料を作成していますが、本当にこれでちゃんと伝わるのかという不安を覚えざるを得ません。改めて、ライブ授業の持つ情報力の多さが身に染みる状況です。

ブランドコミュニケーションも同様です。視覚だけに頼らず、さまざまな官能を刺激する五感ブランディングがここ10年あまりで実践され、成功を収めてきました。その端緒を切ったのが音、または音楽を通じたブランド化です。わが国でも2014年から音も商標登録の対象となり、サウンドロゴが改めて注目されたのは記憶に新しいところです。さらに商品利用時の「音」も大事な要素です。高級車のドアの開閉音やコーンフレークの咀嚼音が「デザイン」されているのは有名な話ですね。

一方、ホテルや航空会社が独自のアロマ開発によるブランディングを志向したり、本来香りとは無縁だったジャンルの商品(洗剤、通信機器、文具、アイシャドー、DMなど)にフレグランスを採り入れたり、ディフューザーで店頭演出したりという、いわゆる香りマーケティングも一時流行しました。

「手触り」や「心地」「風合い」で差別化を果たした商品も目立ちます。日本コカ・コーラの『い・ろ・は・す』は、ペットボトルを潰せる快感がヒット要因のひとつともいわれていますし、滑らかな感触を売りにした肌着、缶の手触りが楽しめるチューハイ、滑らかな書き味のペンなど、触覚上の付加価値を持つ商品が続出しました。

食の分野では「新食感」がキーワードとなり、特にスイーツにおいてはプリン、ケーキ、シュークリームなど、コンビニ各社が競うようにその手の製品を市場導入してきました。近年は、食パン、納豆、豆腐、ウインナー、唐揚げ、シチューなど、新食感食品は3度の食事に日常的に登場するようになった観があります。

さらにはブランドの魅力を五感で体験できる場として、ショウルームやブランドカフェ、ポップアップストア、旗艦店などがクローズアップされてきたのも、時代の流れと言えるかも知れません。

ネットやスマホの利用は、間接体験の肥大化と、視覚情報への過度の依存を招きました。こうした五感商品には批判もありますが(例えば「香害」など)、商いに生命力と色気を取り戻すきっかけとして登場したと私は考えています。

クロスモダリティを活用したブランディング

しかしここでは、もう少し先の議論をしてみたいと思います。それは、感覚間の相互作用の設計を考える、ということです。

単純に複数の感覚様相を組み合わせる、ということもありますが、本来感じてもらいたかった感覚ベネフィット(「おいしい」「心地よい」「気持ち良い」など)を、他の感覚刺激を通じて伝える、あるいは他の感覚刺激によって強化する、という方法を提案したいのです。

作曲家の中には、「音楽を聞くと特定の色が浮かぶ」共感覚を持つ人がいます。また、腹話術の人形があたかも喋っているかのような印象を覚えるのも、視覚と聴覚との相互作用です。料理は、香りや見た目で大きく味の評価が変わってきます。五感は独立して知覚を生み出すのではなく、相互に補完しあうことで認知を形成しています。

これをクロスモダリティ(感覚間相互作用)と呼びます。「入力のなかった他の感覚を補完しながら知覚し、意味を有する情報として脳が認知・解釈しようとする傾向」というとややこしい話に聞こえますが、決して特殊なことではなく、普遍的な認知体験であり、これまでになかった感覚での消費体験(UX)を作り出せるだけでなく、受け手の自己主体感を高めるという観点からも重要な視点です。

ただし現時点でクロスモダリティはまだ、研究・開発・実験レベルの段階にあり、具体的な商品開発、利用シーンへの適用まで言及されている例は乏しい(経験的に効果があるとして活用されている例はあります)のですが、だからこそ考える価値はあると思っています。以下では、感覚間相互作用が成立するといわれている4つの組合せパターンから、具体的な活用法を考察していきたいと思います。

1. 音でおいしさを感じる

スナック菓子を食べる際の「バリバリ」という咀嚼音が、実はおいしさを喚起させているという報告もあります。国によってはマナー違反を問われる場合もありますが、考えてみれば、シリアル、煎餅、ナッツ入りチョコレート、天ぷらの衣、ガリッとした食感を持つアイスキャンデーなど、「噛む音を楽しむ食品」はいくらでも存在します。

森永製菓『パキシエル』、日本KFC『パリパリ旨塩チキン』、YouTubeの「音フェチ動画」などで注目されたASMR(自律感覚絶頂反応)をマーケティングに応用する動きも見られます。パリパリ音は、前頭葉のほとんどの部位で脳血流量や、唾液量を増やしたという実証実験もあるそうです。

こうした音体験を記号化して、商品らしさにするうえでは「オノマトペ=擬態語、擬音語」の活用が有効です。『ガリガリ君』(赤城乳業)、『カリカリ梅』(なとり)、『もちもちすいとん』(はくばく)といったように、食品名に直接オノマトペを適用するだけでなく、広告や商品キャッチフレーズ、リリース文等においてもこれが多用されているのはご承知の通りです。消費者、特に女性においては「食感系」の言葉の影響力が次第に強くなってきた、という調査データもあります。新食感食品成功の可否は、このオノマトペがカギを握っていると言えるでしょう。

なお、おいしさを感じさせるのは、咀嚼音や調理音だけではありません。英国の乳製品「ケリーゴールド」が、できあがった食事と一緒に楽しめるBGMを集めたオリジナルプレイリストを音楽配信サービスで配信した例(2019年)もあります。

ビール市場が縮小した要因のひとつは、タレントが缶ビールをそのまま飲むシーンのCMを流し続けてきたためだと思っています。缶からグラスに注ぐ行為に快感や楽しみが生まれれば、ビールの美味しさをより感じてもらう機会が増えるはずです。ウイスキーのボトルを開けた直後グラスに注いだときにする「トクン、トクン」という音に該当するような注ぎ音を缶ビールにおいてもつくれないでしょうか。

2. 触感でおいしさを感じる

手や指先の触感が味覚に与える影響もあります。「堅い容器で飲んだほうが、柔らかい容器で飲むより満足度が高い」「軽いスプーンでヨーグルトを食べると高密度・高級感を覚える」「ポテトチップスは力を込めて開封するとおいしく感じられる」などは実証されていることです。味の評価を決める要因としての食器や容器、パッケージの在り方については、更なる追究の余地があります。例えば高級アイスクリームに相応しいスプーンや、ブランドに最適な硬度を持つペットボトル飲料などは検討されてもいいかも知れません。

指先で直接食べ物に触れながら食事するスタイルは、インドやスリランカ料理店、蟹などを提供するレストランではむしろポピュラーです。「日本手食協会」を主宰する佐谷恭氏は「手でも口でも美味しさを味わうことができる」とし、手食を奨励します。わが国でも寿司や餅、和菓子などは本来手食であったわけですし、近年の恵方巻ブームなどを見ても、指先で味覚を感じる食品といった新たな提案が生まれてくる素地はあるでしょう。

特に食品メーカーや飲食店においては「おいしさをアップさせる触行為」を顧客に提案していくのも一考です。例えば、食前の大根おろしやワサビおろし、すりごま、また、すいとん・肉団子などの「こねる」行為を顧客に委ねることで、味への満足度が高まる可能性もあると思います。

3. 音で身体を喜ばせる

音によっても体性感覚は左右されます。例えば、指で研磨紙をなぞる際、被験者に本来の音と異なる音を聞かせると手触り(粗さ)感が変わってくる、という実験結果が知られています。このように、音によって指や手の感じ方が変化することもあるわけです。

一方、出産や線維筋痛の苦痛、手術などに直面している患者が音楽(特にクラシック曲)を聞いたところ、痛みが緩和されたという報告もあります。医療機関はもちろんのこと、フィットネスクラブや混雑する鉄道、長時間のフライトなど、利用者に肉体的負担を強いるサービスにおいては、音楽活用を積極的に考慮すべきということです。

資生堂は、美容部員の腕の筋肉の筋電位測定の結果から割り出されたリズムから、独自の美容音楽ソフトを開発しました。直営店やエステサロンで来店客の肌をマッサージする際に利用することで、顧客の美容効果がアップするとのことです。

空調機器の送風音(に含まれる高周波数帯域成分)が、人の冷感を誘発させるというデータもあります。風鈴の音色が涼しさを運んでくるという日本人伝統の感覚も同様で、これらは聴覚と触感によるクロスモダリティのケースでしょう。明治期の東京では滝を見ながら涼をとるいわゆる「瀑浴」が流行したといいますが、これもまた滝の立てる水音が涼しさを呼んだためと考えられます。

温暖化が進む中、音声情報による冷感刺激は、特にエアコンや扇風機、住宅、住宅設備機器、多機能ベッドなどの商品化や広告・販促などにおいては注目すべき着眼でしょう。

4. 触覚で音を楽しむ

生理学的にも、触覚と聴覚は同じ神経メカニズムを共有していることが知られています。音楽ライブの場では、2万ヘルツ超の高周波音を耳ではなく体表で受容しています。視聴というより体性感覚経験という色彩が強いのです。

被験者に振動子入りのプラスチックケースを持ってもらい、触覚刺激を与えて音を聞かせると、何も持たなかったときよりも強い音響刺激を感じた、という調査結果があります。ライブ会場で観客がペンライトを握ったり、拍手やダンスなどで自らの体性感覚を刺激したりするのは、聴覚情報を豊かにするための知覚補完行為となっている可能性もあるわけです。また、温熱シートを首に貼って音楽を聴くと没入感が高まり、飽きにくくなるというデータがあります。この知見をそのまま応用すれば、「クラシック音楽鑑賞用(?)温熱シート」などの開発は、十分ありえますね。

これらのことから「音・音楽を楽しむための触覚装置の開発」は有効と思われます。例えば、シネコン座席における触覚刺激装置、高音質スピーカーとタッチパネルを組み合わせた音響システム、音楽CDのプレミアムとしての触感刺激グッズなど、オーディエンスが触覚刺激を通じて音楽を楽しむ環境づくりへの提案はありそうです。

以上、「クロスモダリティ」をキーワードに簡単な思考実験をしてみました。私自身まだ分からない部分も多いのですが、今後の基礎研究の動向にも注目していきたい分野です。

<東京富士大学 http://www.fuji.ac.jp/ 創立:1943年
「20世紀のマーケティングは一方的なコミュニケーションを前提としたものでした」と山川教授。「受け手のリアクションや価値創造を主眼としたコミュニケーションに変えなくてはいけません」と主張する。勤務する東京富士大学では経営学部長・学務部長として、オンライン授業など新しい学び方の提供にも心を砕く日々だ。
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